2015年12月16日水曜日

美濃の聖地へ2


二日目。

一晩中考え、やはり携帯を落としたのはあの窯跡の出入り口付近にちがいない。と
もう一度だけあそこに連れて行ってください。とお願いし山を探索。

!!!

奇跡的に見つかりました。。


昨晩まで、やっぱり美濃の窯のたたりですよ、と岸岳のたたりを持ち出し愚痴をいっていたのに、

翌朝になると、美濃の窯の神様のおかげだ、と考えが変わっていました。


そして、美濃の現代作家がみれるギャラリーへ。

なんですか、ここは、



とても立派なギャラリーでした。

視察を終えて、昨日合流したTさんの窯へ。




ようやく、それっぽい画像が出てきましたね。

なんとお父さんのT.K先生も登場し、黄瀬戸のルーツについて語って頂く。

そして本歌、志野向付を見せてもらうなどとても贅沢な時間。幸せでした。

そして山をこえて瀬戸へ。


東古瀬戸町、しびれる名前です。

瀬戸蔵ミュージアムへ。


まねきねこが有名なのか、

焼き物の制作行程が実に詳しく、レプリカで作られています。


歴史。

鳴海織部。


図柄、ハンドバックでしょうか、桃山時代に輸入されていてもおかしくないですが、
とてもいい茶碗ですね。

そして、瀬戸へ引き返し、Aさんの工房へ立より作品をみていたらきりがなく、
暗くなったので新幹線で東京に戻りました。

もう感謝しきれないぐらい充実した二日間でした。

桃山をベースとした作家が美濃に少ない事、織部の伝統的な技法、作家より職人に近い作家さん、そしてその拘りを曲げずにより突き進んで作陶しているAさん、Tさん。

地元ならではのディープな話が聞けて、なにより温度感が分かった感じがしてとても良かったです。




改めて感じた事は、美濃はやはり茶陶の作りが色濃くのこっていて、作陶が丁寧だということ。

桃山をベースとするならば、美濃は茶陶のために作られた上手の本歌がほとんどのため現代の作家さんたちも自然とそれに向かっているように思いました。

一方唐津をみると上手の本歌もあるのですが、いかんせん分かりにくい。
それに加え同時期に作られた下手の唐津が多く広く古唐津として流通していることが少し悲しくも感じられます。


轆轤が上手くよがんでいる唐津。それって唐津にだけ寛容な世界があったんじゃないかとも思えるようになってきました。

なんでこんな絵がてきとうなんだろう、って誰かがおっしゃっていましたが、桃山当時もさすがに上手い下手はわかるだろうし、それでも唐津はここが面白いと思って作られていたんじゃないかなぁと思っています。

織部のゆがみと唐津のゆがみは別ものです。
織部はそうさせた感が強く、唐津はこうなっちゃったけど、、大丈夫ですか?みたいな。

そしてそれがちょっとだけ許された特別な産地。

そんなことをぼんやり思いながら、今回の旅で手に入れた黄瀬戸六角でお酒を呑んでいます。



今回の成果は、公に発表は来年後半ですが、とてもいい企画も考えています。
個人的にもようやく好きな美濃陶が扱えるとわくわくしています。

皆さんどうぞお楽しみに。


dai









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