2013年8月9日金曜日

絵唐津再考

みなさまこんにちは。


ぎゃるりあじゅーるは下記の通り4日間夏季休業とさせていただきます。

8月13日(火曜日)~16日(金曜日)

なお、一番館唐津本店は休まず営業しておりますので、お盆期間中は僕も帰省して手伝いをしています。


たぶん昼はどっかの窯元に電話で呼び出され、夕方は熊本千治先生が店にやってきてカメラとiPhoneの話で盛り上がって、夜は若手の陶芸家と呑みに行って喧嘩して家に帰る、

といういつもの流れです。

ですので、ぜひどなたか唐津に来て下さい。





絵唐津再考。



唐津の絵は他の産地の焼き物で、絵が描かれているものと違う点。

大きな特徴として、

静的なのか動的なのか、という点。




唐津は山水絵的な”止まっている”静的な図案はほとんどまれです。


草花を描くにしても必ずそこには「風」が吹いています。






葉っぱが揺れていたり、鳥が飛んでいたり。

かならず"動き"がどこかにあります。


そして、古い桃山の唐津はかなり抽象的な図案が描かれていますが、これは単に「自然」に、「自由」に作家が描いた、と解釈するのはやや危険です。




形の種類別にみると、同じ種類の草花の図案であっても、片口なら横に絵が展開し轆轤の伸びやかさをさらに強調し、向付では縦に伸び全体を絵で引き締めるようバランスを取っています。



そのような絵を抽象的に描くことは、絵を複雑にするよりも高度な技術を要します。

バランスを崩さず、省略化していくので目に留まるポイントも崩れません。


いわば計算された抽象化であり、それが400年ほど前に作家が意図的に作っていたことはすごいと思うんです。



そして、もっとすごいなと思うのが、



もともと朝鮮で絵が描かれてあったものは染付の壺など、
いわゆる高級な白き焼き物に絵が描かれ、

逆に井戸茶碗など日本で珍重されていたものは雑器でした。

日常的にごはんを食べたり、測ったりする日用品ですね。





しかし、このような雑器を日本で、唐津で"奥高麗"として写しを作り、鉄絵をわざわざ施し、

茶碗ならまだしも皿や向付に絵付けをしている。


このような雑器に美を見出し、それをさらに絵付けをして昇華させたという日本人のセンス。



"絵唐津"とはそのような点で唐津の最高形態ではないかと思うんです。



本来、日本人は陶芸に限らず建築にしてもそうですが、外から入ってきたものを上手く再構築する能力に秀でた民族です。

オリジナルを作り出すことよりも、いろいろな要素をいろいろな場所から抜き取り再構築することにより日本人のオリジナルを作り上げる、という感覚でしょうか。




と、上記の絵唐津の簡単な説明は、完全に僕個人の考えですので、参考にはあまりなりません。昨夜安宅のコレクションを思いだしふと寝る前に考えたことを文章にしただけですので。




ある作家が、「唐津って最後だからね、」と言っていて。聞いたときは子供で、完全に意味不明だったのですが、
そのルーツ的な所を、目線を変えて調べると少しはその言葉が分かってくるような気が最近しています。




結局は器を使う時は個人の好きか嫌いかで決まってしまうのですが、こんなルーツ的なこともあった方が、ないより楽しいかなと思います。



長文乱文失礼しました。




ではまた



dai












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