2012年10月10日水曜日

金沢


金沢に来ています。

本日から16日まで「唐津の茶陶展」をめいてつデパートエムザ5階美術サロンにて。

私は3日からきて準備に走り回っていました。

ようやくはじまったという感じです。



お客様の茶碗の見方、仕草ひとつでやはり金沢はお茶どころというか、文化レベルが高いなと思わされます。

唐津にしても、茶陶で有名とはいえあれだけ離れている国の焼き物にお詳しい。


物の由来の話など含め接客させていただいてます。


朝鮮唐津の由来は2つあることなど。

昔は、秀吉の朝鮮出兵の後の話ですが、朝鮮から来た陶工が唐津の始まりと言われていますよね。400年くらい前。

ただ、それ以前もねのこもちの茶碗が利休所持ということで年代がずれます。

要は朝鮮出兵以前に唐津で今でいう高麗茶碗的なものが焼かれていたということですが、
それはあの松浦近辺に海賊がいてたぶん拉致(拉致は言い過ぎかも)されたか何かで連れてこられていたのでしょう。焼き物の需要はありましたからね。

それでおそらくこの焼き物ははたしてもともと唐津の人が作った物か、それとも朝鮮で作られた物なのかわからなくなりごちゃまぜになっていた。その前までは朝鮮もの、唐津もの、と分けて焼き物を区別していたけれども、果たしてこの斑とアメ釉のツートンカラーの焼き物はどっちなんだと。


よくわからんから、「朝鮮唐津」でいいのではないか。


というのが由来の一つのようで、有力な説のようです。(有力と言われたりこの話が書いてある本は多分ありませんが個人的情報源により。)





もう一つ。

通称カチカラスというからすが唐津地方にはいます。




正式名はカササギ。

これも同様に秀吉朝鮮出兵の際、何かに混じって連れてこられたのでしょう。

もともと日本に生息する鳥ではないようで。

この鳥、唐津地方では「朝鮮からす」と呼ばれていたそうです。


このカラスも白黒でツートンカラー。なまって「朝鮮がらつ」。


余談の余談ですがこのカラス、七夕の橋をかける伝説の鳥として新古今和歌集に登場します。


ですのでお茶席で、七夕のころに朝鮮唐津のお道具を出すということはなんとも赴き深く云々と。


ただこの説はあまりにも力技のロマンティズムにあふれているので個人的には最初の説の方が有力だと思います。


しかし実際の所本当の所はよくわかっていません。


わかっていないから逆におもしろいのかもしれませんが。




なにか長くなってしまいましたね。

あまりご興味ある方少ないかもしれませんが、詳しくはAZURでお話しできたらと思います。


















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